私は繋留流産をこうして乗り越えました!【産めなかったすべての方へ】

ゆんゆ@cw_yumyum0123)は、現在37歳で6歳と1歳の2人の息子がいます。

これは、長男が1歳半のときに第2子を妊娠して妊娠9週目で繋留流産と診断され、流産手術をしたときの体験です。

長男を体外受精にて妊娠し、流産した第2子は長男のときの採卵の際に凍結保存していた受精卵を移植して妊娠に至りました。この記事では、そのときの経緯と流産を乗り越えるまでの気持ちの変化についてまとめています。

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私が繋留流産を乗り越えられた理由

私が繋留流産を乗り越えられた理由

流産した事実ときちんと向き合う

よく悲しいことがあると、その事実から目を逸らしてしまう方がいます。

しかし、目を逸らしてしまうと、いつまでもその事実と向き合うことができないままに流産という言葉に恐怖を抱き、何度でも傷つくことになってしまうのです

だからまずはとことん落ち込んで、悲しみを受け入れることが大切です。

赤ちゃんが来てくれた意味を見つけ出す

私は、本を読んで何度も事実と向き合い、なぜ生まれてこれないとわかっていて、私のお腹にきてくれたのかをずっと考えていました。

そしてある日、産んであげられなくても、妊娠できたことで家族の絆が深まったことを感じました。主人と心を通わせることができたし、改めて長男が生まれてきてくれた奇跡に感謝できた自分に気づいたのです。

【私が読んで救われた本】

ゆんゆ
とってもおすすめの本です!涙なしでは読めません・・・

赤ちゃんが来てくれた意味を見つけ出すためにも、ぜひ読んでみてください。

第2子を妊娠するまでの過程

第2子を妊娠するまでの過程

凍結保存した受精卵を移植

長男が1歳を過ぎた頃、第2子の不妊治療をするため再びクリニックを訪れました。第2子の治療は、体外受精で妊娠した長男のときの採卵で凍結保存した受精卵が3個残っていたので、この受精卵を移植することから始まりました。

2回目で妊娠できたけど不安に

最初の移植は陰性で妊娠には至りませんでした。2回目の移植で妊娠できました。しかし、hcg値が24.90と低く、一応陽性といった感じでした。あまりにhcgの値が低いので、妊娠を継続するのは難しいかもしれないと言われました。

妊娠から流産と診断されるまで

妊娠から流産と診断されるまで

hcg値が上がらない

1回目の判定でのhcg値は低いものの、急激に上がってくることもあると先生は言っていました。しかし、2回目の判定でもhcgの値は577と低いままでした。

普通なら妊娠5週となるこの時期のhcg値は1000を超えています。長男のとき、妊娠6週目で確認された心拍はいつまで経っても見えないままでした。

心拍が動いていない!?

やっと心拍が確認できたのは、妊娠8週目を迎えたときでした。ほっと安心するのも束の間、次の健診ではその心拍が動いていませんでした。

繋留流産と診察され、次の日に手術をすることになりました。私はその事実を受け入れられず、涙が止まりませんでした。

死を待つための時間

手術をする前に診察をしてもらうと、まさかの心拍が動いていました!看護師さんと喜びあって、とりあえず手術は中止になりました。

しかし、先生は心拍が弱くやっぱり流産すると…「流産は確実。でも、まだ生きている胎児の手術はできない。」

心臓が止まるのを待ってから手術を行うことになりました。この時間が一番つらいものでした。

繋留流産とは?

繋留流産とは?

胎児の成長がお腹の中で止まってしまっているが、外に出てきていない状態をさします。妊婦本人に自覚はなく、超音波による検査などでわかることが多いです。

繋留流産と診断されたら、自然に胎児が出てくるのを待つか、出てこなければ胎児を取り出す掻爬手術(そうはしゅじゅつ)を行います。

掻爬手術(そうはしゅじゅつ)とは?

掻爬手術(そうはしゅじゅつ)とは?

子宮内の内容物をきれいに取りのぞく手術です。流産などで胎児や胎盤が子宮内に残っている場合に行われます。人工妊娠中絶もこれにあたります。

掻爬手術(そうはしゅじゅつ)の流れ

①手術は1泊入院で行われました。まず、診察台にて赤ちゃんの心拍が完全に停止していることを確認します。入院準備をして手術前の検査をします。

②その後、処置室にて子宮口を広げる処置を行い、手術室に入って点滴から全身麻酔をしました。手術は15分くらいで終わります。

③麻酔から醒めたときは、下腹部に強い痛みを感じて痛み止めを処方してもらいました。一泊入院して様子を見て、次の日に出血の確認をして問題がなければ退院となります。

掻爬手術(そうはしゅじゅつ)後は

産婦人科病棟だから、夜中もときどき赤ちゃんの泣き声が聞こえます。それがつらかったけど、「私もまた妊娠して戻ってくるんだ」と、その気持ちだけで耐えていました。1歳6カ月の長男と離れたはじめての夜でした。

その後は、水子供養に行きました。私がどうしても行きたくて主人にお願いをしました。流産手術をしたのが9月1日なので、今でも流産した赤ちゃんを忘れないように毎年8月の終わりに訪れています。次男の妊娠、出産も報告に行きました。

いつか笑える日まで繋留流産と向き合おう!

なんだか重い記事になってしまいました。やっぱり今でも思い出すとつらいし、心に刺さったまま抜けないトゲがチクチクと傷んだりします。

きっと一生抜けないと思います。だけど、流産があったからこそわかった幸せもあります。それを思い出して笑うことができます。

もし、いま流産の悲しみと向き合っている方が読んでくれるなら、時間のゆるす限り向き合ってほしいです。いつか無理をしなくても、笑える日が必ずきます。

赤ちゃんは、ママを幸せにするためにやってきてくれたのです。

生まれて来れなかった命を無駄にしてはいけません。どうか幸せな気持ちで思い出してあげてください。赤ちゃんは天国で幸せそうに笑っているママを見ててくれるはずです!

妊娠を望むすべての方に赤ちゃんが授かりますように。

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